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蓼科山



【概要】


T所在地 長野県  
U訪問日時  平成21年 7月20日( 月曜日、祭日 )
V天候 晴れ時々曇り 
W標高蓼科山( たてしなやま ) [ 2,530.3m ]
 X登下山コースと所要時間大河原峠登山口(07:44)→≒1.9q→(08:45)7合目登山口コースとの合流点(08:45)→≒0.5q → (08:56)蓼科山荘(08:56)→ 0.8q →(09:28)山頂(10:24)→≒0.5q→(10:52)蓼科山荘(10:52)→≒1.6q→(11:55)滝の湯川元分岐(11:55)→≒0.6q→(12:07)天祥寺原分岐(12:30)→≒2.3q → (13:44)双子池ヒュッテ(14:08)→2 .3q →(15:08)大河原峠登山口
 * 上記ルート図
 * 表示距離についての注記
 Yその他 《1》登山口と山頂との標高差〜≒433.3m
 《2》日程〜 日帰り
 《3》同行者〜 単独


【詳細】


 天気予報は、晴れ時々曇り、だった。女神湖近くまで来たら青空のちょっとのぞいた高曇りの空の下、蓼科山の悠然とした姿がくっきりと見えた。山頂からの展望を楽しみにしての今日の訪問だ。7合目登山口駐車場はすでに満車状態だ。そして大河原峠の駐車場もほぼ一杯だった。峠の眼下には雲海が広がり、そのなかに北アルプスの一部、妙高火打、四阿山、草津白根、浅間山塊などが浮かんでいた。
 今日訪ねた蓼科は針葉樹と笹と沼の世界だった。そしてちょっとメインスポットとルートをはずれるとそこは小鳥のさえずりだけしか聞こえい静寂の世界だ。
 天祥寺原から亀甲池、双子池、双子山を通って峠登山口へと続くルートは変化に満ちて楽しい。
 天祥寺原分岐でお昼をしていたとき雨が降り出しそうな空模様になっていた。亀甲池方面からの人に聞いてみるとそちら方面にお花畑はない、とのこと。だとすると雨に濡れるだけじゃ面白くないのでこのまま峠に帰ろうかとも思った。でも、ある同年輩くらいの女性から池がキレイだからせっかくここまで来たのだから見てみてはどうか、とアドバイスをもらい思い直して寄り道をすることにした。不思議なもので双子池ヒュッテに着いた時はそこの主人がこんな晴れ空は久しぶりだと言うくらいに明るく澄んだ青空が広がっていた。分岐は蓼科山と北横岳の両山塊の谷間にある。おととしの冬そこで見た重量感のある雪景色を懐かしく思い出しながら亀甲池へ向かって歩き出した。登りだ。 高度を上げながらしばらくして歩いてきた登山道を振り返ると蓼科山が鎮座していた。
右手の北横岳は斜面が山林に覆われているが登山道との高度差が2、3百メートルはあるだろうから見上げると迫力がある。亀甲池は底の亀甲模様の石がはっきり見えるくらい水深が浅くそして水はあくまでも澄んでいる。周囲は木々の緑の山腹。青空と陽射し。すべてのシチュエーションがそろっていた。双子池の雄池と雌池も大岳の山腹が背景だ。コバルトブルーの水色のほどよい大きさの池だ。無風だから水面が鏡のように光を反射している。どの池も素敵だった。

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今回訪ねたコースの山域の森林に広葉樹はほとんどなかった。ダケカンバが申し訳なさそうな程度に混じっているだけだ。小生に樹種の区別がなかなかわからないのだが、双子池ヒュッテの主人によれば、天然林としてはシラビソ、オオシラビソ、ツガ、コメツガ、トウヒなどであり、ヒュッテ北側のカラマツ林は植林によるものだそうな。峠登山口から分岐まではそれはそれはあきれるくらいのすさまじい数のシラビソが密生していた。山林の歴史は古いんだろうに一本一本 の木は太くなくそして丈もない。ひとつ気がついたのは高度が上がるにつれて背丈がだんだん低くなっているのがよくわかったことだ。そしてこの過密ぶりに擬人的に想像して思わず苦笑した。暴風に耐えるためにはみんなで片寄せあわせスクラムくまないとダメなんだなあ、と考えているのじゃないだろうか、と。ところが分岐から頂上にかけての登山道脇には古木大木も散見されたから不思議だった。蓼科山荘から滝の湯川元分岐までの下山路もスクラム林だ。ところが亀甲池あたりから双子池までは様相が違った。
 どちらかといえば針葉樹の古木老木の疎林だ。しかし大木で葉が多いいせいだと思うが地上まで届く光が少ない。池が出来るくらいだから水もしみこみにくい土質なんだろう。岩や倒木が苔蒸して太古の趣きを感じさせる原生林だ。冷気がただよう真夏の別天地だ。いくつか深呼吸するだけで命の洗濯ができたような錯覚がする。ゴロゴロした岩道の脇の苔やシダのなかに白い小花がいっぱい咲いている。オサバグサだ。光量も少ない湿地帯で針葉樹の樹脂に覆われたようなところで誰に誇るでもなくこんな清楚な花を咲かせている。自然のなかではそれぞれが厳しいだろうにと想像する環境のもとでいろいろな花を咲かせている。暗示的だ。これまでもこういう雰囲気なところは何度か見てきたが、こんなにスケールの大きいのは初めてだった。

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 山頂は広大で大きな岩がガゴロゴロした台地だった。そこから360度の展望が満喫できた。
前日まで続いた雨があがった後だったから空気が澄んでいたのだろう。遠くの山も輪郭が比較的くっきり見えた。先日訪ねたばかりの八ヶ岳、火打山、四阿山などは格別の親近感を感じた。富士山は方角的に八ヶ岳の陰に入ってしまい見えなかった。槍ヶ岳、赤岳、阿弥陀岳の雄姿に目を惹かれた。そして群れずにひとり傲然と山体を誇示しているような御嶽山にも強い印象を受けた。
それにしてもやっと山頂にたどり着いていつも腹の立つことは、どこの山頂でもその山頂標識があるすぐ下とかその回りで弁当を食べていたり、休憩している連中が必ずいることだ。登頂した人達が記念撮影したがる場所ではないか。だからそういう場所に我が物顔でいるのがいかにはた迷惑か少しも考えないほどに無神経でずうずうしい。みんな大の大人なのに嘆かわしいことだ。
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 滝の湯川元分岐がもうすぐのところに写真記録にもある大石がごろごろした涸れた河原があるが、その最上部の登山道脇に清水が湧き出ていた。コップを携帯していなかったので手ですくって飲んだ。やはり非常においしかった。手がきれるように冷たく何度もすくえないのが印象的だった。
 花はやはり少なかった。峠周辺のハクサンチドリとハクサンフウロが目を惹いた。オヤッと思ったのはこれまで見てきたのに較べて紫色より赤色が濃いように感じられた。多分気のせいではないと思う。
 双子池ヒュッテの主人に教えてもらったように峠からの帰り道は来た道と反対方向に車を進めた。人も車もほとんど通っていない舗装道路だ。標識には「蓼科スカイライン」とあった。その道路の両側に綺麗に花を咲かせている草木が一杯あったのにはチョッピリ複雑な気持ちになった。

 最後に山をこよなく愛したであろうに悪天候の不運に見舞われて逝かれたトムラウシ、美瑛岳の10人の方々のご冥福を心からお祈りするとともにご家族の方々に対しても衷心からの哀悼の意を捧げさせていただきます。
 山歩きのはしくれに連なる小生にとっても他人事ではありません。
身につまされる遭難事故です。
逝かれた方と自力下山された方の差はなんであったのだろうか。
特に高山の尾根歩きでの暴風雨でのずぶ濡れによる低体温症から身を守る服装、装備について自分なりの対策をたてる必要ががあると痛感してるところである。
 この事故のニュース検索の中で気になったのはウィクペディアのトムラウシ遭難事故 の記事で7月15日の「15日夜、一行は度重なる風雨に曝されながら十数時間かけてヒサゴ沼避難小屋に到着。しかし小屋の中は雨漏りだらけで濡れた装備を乾かすことも出来ず、ずぶ濡れのシュラフに包まって横になっただけであった」というものだ。新聞報道にはなかった、と思う。この解説記事の記載内容が真実だとすると、そして道がこの雨漏りの事実を承知していながら、修復せず放置していたにもかかわらず、この事故に対して道知事が旅行業者に対し、道の夏山の危険性に対して対策を周知徹底するように、との声明を出した、のだとすると無責任で不遜ではないのだろうか。もし雨漏りがなかったならば遭難事故の状況は多少違っていたに違いない。にもかかわらず、自己の管理監督物件であろう避難小屋についてその義務を果たしていかったとすれば、業者だけでなく道の責任も問われるべきではないのだろうか。


【写真記録】


☆☆ 蓼科の森  ☆☆


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